大阪市強姦虚偽証言再審事件




判決書(全文)

主文

被告人は無罪。

理由

第1 本件各公訴事実

本件各公訴事実は,「被告人は,強いてわいせつな行為をしようと企て,平成20年7月上旬ころ,a市b区cd丁目e番fg棟h号室の被告人方において,同居している養女であるA(当時14年)に対し,その背後から両腕でその身体に抱き付き,両手で衣服の上から両乳房をつかんで揉み,もって強いてわいせつな行為をしたものである。」(平成20年9月30日付け起訴状記載の公訴事実),「被告人は,a市b区cd丁目e番fg棟h号室の被告人方でAと同居していたものであるが,第1平成16年11月21日ころ,前記被告人方において,A(当時11年)が13歳未満であることを知りながら,同女を強いて姦淫しようと企て,同女に対し,その肩等をつかんであお向けに押し倒し,無理やり衣服をはぎ取るなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し,強いて同女を姦淫し,第2平成20年4月14日ころ,前記被告人方において,前記犯行及びその後繰り返し行った虐待行為等によりA(当時14年)が被告人を極度に畏怖しているのに乗じ,同女を強いて姦淫しようと企て,同女に対し,前同様の暴行を加えてその反抗を抑圧し,強いて同女を姦淫したものである。」(平成20年11月12日付け起訴状記載の各公訴事実)というものである。

第2 再審公判に至るまでの経緯

1 確定審における判決等

(1) 確定審第一審は,被告人が本件各犯行を行った旨のAの捜査段階及び公判廷での供述(以下「Aの旧供述」という。)について,①Aには養父である被告人から強姦被害等を受けたとの虚偽告訴をする特段の事情がないこと,②被害を打ち明けるまでに数年を要していたり,実母に問い詰められるまでは尻や胸を触られた旨打ち明けるに留まっていたなどの事情も存するが,当時のAの年齢や境遇からすれば,被害を打ち明けるまでの経過に何ら不自然・不合理な点はないこと,③虚偽被害のでっち上げを行う動機がなく信用できる兄であるBの目撃供述(以下「Bの旧供述」という。)と一致していること,④供述内容に自然性・合理性が認められること,⑤供述態度も真摯であったことなどを理由に,信用性が認められると説示し,他方,被告人の供述についてはAの供述に疑問をさしはさむ程度の信用性を認めることができないとして,平成21年5月15日,本件各公訴事実についていずれも有罪であると認定し,被告人を懲役12年に処するとの判決を言い渡した。

(2) 被告人は,第一審判決を不服として,大阪高等裁判所に控訴の申立てをしたが,控訴審は,第一審判決と同様にA及びBの各旧供述には信用性が認められるとして,平成22年7月21日,控訴を棄却した。被告人は,上告申立てをしたが,最高裁判所は,平成23年4月21日,上告を棄却する決定をした。

2 再審開始決定等

(1) 被告人は,平成26年9月12日,確定審における供述は虚偽であり,Aが被告人から強姦等の被害を受けた事実も,Bがそれらを目撃した事実もない旨のA及びBの新たな供述は,新たに発見した無罪を言い渡すべき明らかな証拠にあたるとして,大阪地方裁判所に対して再審請求を行った。これに対し,検察官は両名の前記各供述を踏まえ,再度補充捜査を実施した結果,Aが強姦されたとする時期より後に受診した産婦人科において,「処女膜は破れていない」という診断が記載されたカルテ(以下「本件カルテ」という。)の存在が新たに判明したことから,A及びBの前記各供述並びに本件カルテの記載が,無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当する蓋然性が高いとして,速やかに再審開始決定をされたい旨の意見を述べた。

(2) 大阪地方裁判所は,事実の取調べとして,A及びBらの証人尋問を実施した。Aは,再審請求審において,①被害を受けたとの確定審での供述は虚偽であり,本件各犯行の事実は存在しない,②被告人からお尻を触られる旨大伯母であるCに話したところ,それを伝え聞いた実母であるD及びその夫であるEから他にも何かされたのではないかと何日間も深夜に及んで問い詰められたため,最後には,胸を揉まれたと認めた,その後,強姦されたのではないかとの問いに対しても,これを否定することができなかった,③また,産婦人科に三度連れて行かれ,診察を受けさせられた,④取調べではDが怖くて虚偽であることを打ち明けられなかった,⑤就職しDから距離を置いたことを契機にして,これまでの供述が虚偽であることを弁護人に告白することにした旨供述した(以下「Aの新供述」という。)。

また,Bは,再審請求審において,①本件各犯行の事実は見たことがなく,これらを目撃した旨の確定審での供述は虚偽である,②D及びEから被害を見ていないはずはないなどと問い詰められ,被害を目撃したと話してしまった,③自分が嘘だと打ち明けても信じてもらえないと思い,取調べでも本当のことを話さなかった旨供述した(以下「Bの新供述」という。)。

大阪地方裁判所は,①再審請求審において検察官から提出された本件カルテには「処女膜は破れていない」との記載があり,Aの新供述を強く裏付けること,②再審請求審における事実の取調べでのEの供述内容や,再審請求審において検察官が提出したAに関する病院の診療記録に記載されている内容が同人の新供述と整合すること,③A及びBが偽証罪等の処罰を受けるおそれがあるにもかかわらず確定審での供述が虚偽であった旨認めていること等を考慮すると,両名の各新供述は信用することができ,これらの供述は確定判決が有罪認定の根拠とした両名の各尋問調書及び各検察官調書の内容の信用性に疑問を抱かせるものであるから,新たに発見した無罪を言い渡すべき明らかな証拠にあたるとし,平成27年2月27日,再審を開始する旨の決定をし,同決定は確定した。

第3 当裁判所の判断

1 証拠構造

前記のとおり,確定判決が,被告人のAに対する強姦及び強制わいせつ行為(以下,併せて「強姦等」という。)を認定した中心的な証拠は,被告人から強姦等された旨のAの旧供述及びそれらを目撃した旨のBの旧供述である。そこで,A及びBの各旧供述が,新たな証拠が取り調べられた現時点においてもなお信用性を有するかについて,以下検討する。

2 A及びBの各旧供述の信用性

(1) 客観的事実との矛盾本件再審請求後,検察官において補充捜査が実施された結果,検察官から証拠請求された本件カルテ(当審甲2)には,Aが,平成20年8月29日,F病院を受診し,「処女膜は破れていない」との診断がなされたとの記載があることが認められるところ,その診断結果に信用性を疑わせる事情は何らうかがわれない(なお,確定審の公判では,Dは,最初,Aが胸を触られたと言っていたので,これは強姦の被害を受けているのではないかと疑い,Aを産婦人科医院に連れて行って診察を受けさせたことがあったほか,その後,警察から依頼があり,Aを別の産婦人科医院に連れて行ったことがあった旨供述していたが,確定審では,産婦人科医師の診断結果についての証拠調べはなされなかった。)。

他方,Aの旧供述によると,Aは,平成16年11月及び平成20年4月の2回のほか,何回も被告人に強姦されたというのであり,Aの旧供述を前提にすれば,前記受診当時,Aの処女膜が破れていないとは考えがたい。

以上からすると,A及びBの各旧供述のうち,被告人がAを強姦したという核心部分は,本件カルテの診断結果と明らかに矛盾しており,その信用性は大きく減殺されるものといえる。このような矛盾は,A及びBに記憶違いがあったなどとはおよそ考えられないから,両名が意図的に虚偽供述を行ったとみるほかない。そうすると,両名の供述の前記核心部分と密接に関連する,被告人がAに強制わいせつ行為をしたという供述部分についても,A及びBが意図的に虚偽の供述をしたとみるのが相当であり,両名の各旧供述全体の信用性に疑義を生じさせるものである。

(2) 信用できる各新供述との矛盾

ア 前記のとおり,A及びBは,再審請求審において,被告人がAに対して強姦等をした事実はなく,それぞれの旧供述は虚偽である旨述べるに至っているところ,かかる両名の各新供述が信用できることは,以下のとおりである。

(ア) 客観的事実等との整合

前記のとおり,平成20年8月29日時点において,Aの処女膜は破れておらず,この事実自体,被告人によるAへの強姦がなかったことを如実に示すものであり,A及びBの各新供述のうち,強姦の事実はなかったとの核心部分を積極的に裏付けるものである。

(イ) 虚偽供述をする動機がうかがわれないこと

A及びBの各新供述は,自身の確定審での各公判供述が虚偽であること,ひいては自身に偽証罪が成立することを認めるものであるところ,真に被告人によるAへの強姦等があったというのであれば,A及びBがあえて自身が偽証罪に問われる危険を冒してまで,被告人は無実である旨の虚偽の供述をする事情は何ら見当たらない。したがって,無実の被告人を放ってはおけない,偽証罪に問われるのは自身の責任であるなどという気持ちから,真実を打ち明けるに至ったとするA及びBの各新供述の信用性は高いといえる。

(ウ) 虚偽供述をした理由及び真実を述べるに至った理由について合理的な説明をしていること

a 確定審で虚偽の供述をした経緯等

(a) Aは,被告人から強姦等された旨の虚偽供述をした経緯等について,①D及びEから尻以外も触られていないかと聞かれ,当初は否定していたものの,問い詰められた結果,これを否定できず,最終的には胸を触られたと答えてしまい,その後,強姦についても執拗に「やられたやろう。」などと問い詰められ,これも認めてしまった,②強姦等の被害状況についてはDから見せられた動画等をもとに,Dに言われるがままに供述したなどと供述する。前記①のうち,強制わいせつの被害を告白するに至った経緯については,Aの供述内容と,B,D及びEの再審請求審における各供述内容とで一部齟齬するところがあるものの,強姦を認めるに至った経緯の部分については,Eは,再審請求審において,尻と胸を触られたのであれば強姦もされているのではないかとの疑念から,DとともにAを問い質したところ,Aは当初これを否定していたが最終的には認めた旨供述しており,Eの供述と一致している。なお,DはAを問い詰めたことはない旨供述するが,Eの前記供述とは相反する上,Aから強姦被害の告白を受けた経緯に関する質問に対して曖昧な供述に終始していたことなどからすれば,Dの前記供述の信用性は相当に疑わしい。また,Dは,平成20年8月29日にAをF病院に連れて行って受診させ,処女膜が破れていないとの診断がなされたが,その後も,Aの処女膜裂傷の有無を確認するために,同年9月8日と同月24日の2回にわたりG病院という別の病院で受診させていたところ,当時のDのこのような行動状況からすれば,Eと同じく,Aが強姦されたのではないかという強い疑念を抱き,これを否定するAの言葉を容れることなく,執拗に問い質したことがあったと考えるのが自然である。
前記②の点については,DはAに対して動画を見せたり実演してみせたことはない旨供述している。しかしながら,性体験のない弱冠14歳の少女が,大人から助言等を得ることなく,実際には体験していない強姦等の被害状況について事細かな供述ができたとは考えられず,Dが動画を見せたかはともかく,Dらによる誘導等に基づく部分が少なからずあったと疑われる。

したがって,Aの新供述は,前記のとおり一部その他の証拠と齟齬する部分はあるものの,虚偽供述をするに至った理由等について合理的な説明内容といえる。

(b) Bは,Aが泣きながら,被告人から胸を触られたと突如言い出したため,嘘とも思えず,また,D及びEから長時間問い詰められた上,Aからも「おにいも見たやろ。」などと言われたため,話を合わせてしまった,Aを信じていたし,Aが強姦されたというのであれば自分がそれを否定しても信じてもらえないだろうという気持ちから目撃した旨嘘をついたと供述するところ,その供述内容は自然かつ合理的である。加えて,Bが曖昧な答えをしたことから強い口調で問い詰めた旨のEの供述とも一致していることからすると,Bの前記供述は信用することができる。

b 真実を述べるに至った経緯

Aは,確定審の一審判決が言い渡された後に,確定審での供述は虚偽であった旨をDやEらに述べたが,話し合いの結果,偽証罪に問われるおそれがあることや,確定審で証言等をした人に迷惑がかかるなどの理由から真実は伏せておくことになり,その後,DやEと疎遠になり,かつ,Cから促されたため真実を述べることにした旨供述する。また,Bも,前記話し合いの結果,真実は伏せておくことになったが,その後,Aが弁護人に真実を話した旨の連絡を受け,自分も真実を話そうと思った旨供述する。

A及びBの前記各供述は,各人が真実を述べるに至った経緯について合理的に説明するものである。また,Aは,平成22年8月2日,H病院精神科神経科を受診しているが,同病院の診療録(当審甲6)には,Aの陳述として,確定審の一審判決があった頃から,Aが性的虐待はされていないと言い出していた旨が記載されており,前記各供述を裏付けている。さらに,Eも,再審請求審において,確定審の一審判決後,AやBが実はうそだったと話したが,Aらが何らかの罰を受けるのをおそれて公にはしなかった旨供述しており,A及びBの前記各供述は,Eの供述とも合致しており,信用性が認められる。

c 以上のとおり,A及びBの各新供述は,両名が確定審の公判で虚偽供述をした理由や,再審請求審において真実を述べるに至った経緯等について合理的な説明がなされており,格別不自然な点はなく,被告人がAに対して強姦等をした事実はないとのA及びBの各新供述の信用性には何らの問題はない。

イ 以上のとおり,被告人がAに対して強姦等をした事実はないとのA及びBの各新供述は信用できるから,これに反し,かつ,両名が虚偽であったと認めている各旧供述は信用できない。

(3) 各旧供述の供述内容の疑問点

ア また,A及びBの各旧供述の内容について改めて検討してみると,各旧供述には,いくつかの不自然な点や疑念を抱かせる点を指摘することができる。まず,A及びBの各旧供述によれば,被告人は,被告人の母やBがいる部屋の隣の部屋や廊下で各犯行に及んだことになるが,そのような家族への犯行の発覚の可能性が非常に高い状況で,被告人が嫌がるAに対して強姦等を試みるとは,何らかの特別な事情がない限り通常は考えられず,その内容自体不自然であるとの感を抱かせるに足りるものである。また,A及びBは,平成16年11月にAが被告人に強姦されていた際に泣き叫んでいた旨供述するところ,Bの旧供述によると,当時,隣の部屋で被告人の母と一緒にテレビを見ていたが,心配になってAの部屋をのぞき見て,本件犯行を目撃したというのである。被告人の母は,当時,高齢であったとはいえ,Aの旧供述によっても,少し耳が遠かったが,大声で話さなくとも聞こえる程度であったというのに,BがAの叫び声を聞いて異変を感じたが,一緒にテレビを見ていた被告人の母が全くこれに気づかなかったというのも不自然であり,他方で,聞こえていたにもかかわらず被告人の母が知らないふりをしたとも考えられないのであって,この点でもA及びBの各旧供述の内容に疑念を生じさせるものといえる。

イ さらに,Aの旧供述には,最初の強姦被害の時期等に関して不合理な供述の変遷が認められる。すなわち,Aは,捜査段階当初は,平成17年11月に初めて強姦され,その後にトイレに行ったところ下着に血が付いており,同年10月頃に初潮を迎えていたため,その血を見て生理が始まったのかと思った旨述べていたにもかかわらず,捜査段階の途中で,最初に強姦された時期は平成16年11月の誤りである旨供述を変遷させている。Aは,その理由について,確定審の公判において,最初の強姦被害の時期は,Cが経営する美容室の従業員の娘の結婚式に出席した次の日であったとはっきり記憶していたが,その結婚式の日にちを1年記憶違いしていた旨述べている。しかしながら,変遷後のAの供述によれば,最初に強姦された時期は平成16年11月となり,被害当時Aはまだ初潮を迎えていなかったことになるところ,そうであるとすればAが「初潮を迎えていたため下着に付いていた血を見て生理かと思った」という供述内容と大きく矛盾することになり,単に結婚式の日にちを1年間違えていたというだけでは,納得のいく説明がなされているとはいえず,不合理な変遷と指摘せざるを得ない。

そして,BもAと同様に最初の強姦を目撃した時期について平成17年11月から平成16年11月へと供述を変遷させているところ,Bは,確定審の公判において,変遷の理由について,結婚式に中学校の制服を着て行った記憶があり,一学年間違えてしまった,Aと被害時期等について話し合ったことはない旨述べている。しかしながら,A及びBの両名が被害時期について偶々同じような記憶違いをするとは考え難く,Bの旧供述は,捜査官の事情聴取に先立って,何らかの方法でAの供述内容を知らされ,これに迎合して供述していたことが強く疑われるのであって,そうすると,被害時期にとどまらず,被害内容それ自体についても,その信用性は大きく減殺されるものである。

(4) 小括

以上のとおり,A及びBの各旧供述は,その核心部分が重要な客観的事実と大きく矛盾している上,A及びB自身が各旧供述は虚偽であり,被告人による強姦等の事実はなかった旨の各新供述をするに至っており,各新供述には信用性が十分に認められる。加えて,各旧供述の内容自体にも不自然不合理な点を指摘できることからすると,両名の各旧供述が信用できないことは明らかである。

第4 結論

以上のとおり,本件各公訴事実については,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

平成27年10月16日

大阪地方裁判所第1刑事部

裁判長裁判官 芦髙 源

裁判官 藏本 匡成

裁判官 髙津戸 朱子

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